工具鋼材料の技術資料の見方(日立金属 SLDを例に)

TITLE

SLDについて

焼入れ特性

焼戻し硬さ曲線

残留オーステナイト

機械的性質

半冷時間

摩耗試験

カタログの深読み


   
SLDについて

SLDは日立金属(株)のJIS鋼種SKD11相当品です。
SKD11は、冷間工具鋼の中では、いろいろな用途に幅広く使用されていて、入手も簡単で、価格もリーズナブルなことから、各製鋼メーカーからも販売されており、 色々なサイズが流通しており、使いやすい鋼種の一つでしょう。

SKD11は、大同特殊鋼DC11 日立金属SLD 山陽特殊製鋼QC11 日本高周波鋼業KD11 ・・・ というように、特殊鋼メーカーでは各社ブランドとして販売されて流通しています。 これらは、JIS規格の趣旨から、生産者の品質は、JISを超えたものとして販売されていますので、SKD11というよりも、それぞれのメーカー名で呼称するのが適当です。

また、この成分系は世界の標準的なものとなっていて、アメリカでは「D2」という名称で、また、その他大手外国メーカーのほとんどが、この類似鋼種を製造販売しています。


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焼入れ特性

SLD焼入れ特性

焼入れ温度と硬さの関係が示されています。

SLDに限らず、ほとんどの鋼種は、焼入れ温度を変えて硬さを測定すると、上記のお椀を伏せたような形になり、 空冷(A.C)では、1000-1050℃が適正焼入れ温度と表示されていますが、 このグラフでは、1025℃で最高硬さが出ていますので、その手前(低い側)で焼入れするのがいいでしょう。

ここでは、油冷の場合は、全体に低温側が適正焼入れ温度になります。

これは、オーステナイト化(焼入れのための昇温)において、適正温度範囲を低温側にはずれると、 合金元素の溶け込み不足のために硬さの低下があり、 また、高温側にはずれると、結晶粒の粗大化や残留オーステナイトの増加のためにいずれも硬さが低くなる ・・・というように説明されており、 日立金属のカタログでは、右下の組織写真でその状態が示されています。

SLDの焼入れ組織これの見方としては、上の低温焼入れでは、共析炭化物が充分に素地(マトリックス)に溶け込んでいない状態で、下の高温焼入れでは、結晶粒界が顕著になり、 結晶粒も増大している様子が示されています。

このカタログでは示されていませんが、一般的に、焼入れ温度の過度の上昇によって衝撃値は減少しますので、必要以上に焼入れ温度を上げることは避けるべきでしょう。
(ここで、白く見えるのは共析炭化物で、熱処理温度でそれが変化するものではありません。)

一般的に、焼入れ温度の選定については、「じん性が必要な場合は適正温度内の低目の温度を採用し、耐摩耗性が必要な場合には高めの温度を採用する・・・」というように、 目標温度の目安が説明されていることが多いようですが、必要な硬さが確保できるのであれば、あえて高めの温度を取る必要はなく、むしろ、加熱設備の温度分布などを考慮すると、 低目の焼入れ温度を取ることが望ましいと考えていいでしょう。

そして、もちろん、適正焼入れ温度範囲を超えないようにしないといけません。残留オーステナイトが増えるすぎて、 焼入れ硬さの低下や製品になった時の問題が生じます。

機械的性質に対する影響は、焼入れ温度だけでなく、加熱時間、冷却方法なども、関係します。
(この写真は、カタログをコピーしていますので、原本は400倍ですが、倍率等は不詳です。また、このページの図表等は、 日立金属カタログHY-86-cのものを説明のために使用させていただいていますので、転載しないようにお願いします)


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焼戻し硬さ曲線
SLD焼戻し硬さ 各焼入れ温度から空冷して焼き入れた後、各温度で焼戻しした硬さが示されています。これを「熱処理曲線」と呼ぶ人もいます。

500℃付近で2次硬化と呼ばれる硬さの上昇がみられますが、日立金属の場合は、2次硬化後の温度については2回焼戻しの、それ以下の温度では、1回焼戻しした時の硬さが示されているようで、 保持時間は1時間程度と考えていいでしょう。

これらの焼入れ焼き戻しに使用される試験片は、15mm丸程度の小さなものです。
冷間用の工具では、多くの場合は、60HRCなどの硬い硬さで使用する場合がほとんどですので、通常は、200℃前後の焼戻しで使用しますが、57HRC以下の硬さに指定の場合は、500℃以上の焼戻しをします。 前者を「低温焼戻し」、後者を「高温焼戻し」と呼ぶ場合があります。


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残留オーステナイト
SLDの焼入れ硬さと残留オーステナイト SLDの残留オーステナイト

上図左は、焼入れ温度と残留オーステナイト量と焼入れ硬さの関係を示したものです。上右図は、焼入れ温度を変えた試料を焼き戻ししたときの残留オーステナイト量の変化を示しています。
いずれも、適正温度範囲を超えて高い温度で焼入れすると、急激に残留オーステナイトが増えていることがわかりますので、適正焼入れ温度のところでは、 (結晶粒の増大についても書いていますが)最高焼入れ硬さを超える温度を使用しないようにすることは重要です。

ここで、左右の図を見ると、左の「油焼入れ」結果より、右側の残留オーステナイト量が多くなっています。つまり、油冷のほうが、残留オーステナイトが少ない結果になっていることがわかります。しかし、余談ですが、これは試験片での結果であって、現実的な品物の熱処理においては、たとえ油冷であっても、油の温度まで冷やすことはまれですので、特に、Mf点が常温近くにある鋼種においては、 実際の品物では必ずしも油冷のほうが残留オーステナイトが少ないとは言えない場合もあります。

400℃以上の焼戻しによって、残留オーステナイトは分解しますが、他の鋼種でもほぼ同様に、550℃程度以上で消失することが確認されています。

残留オーステナイトの可否については、それが軟らかいために、ショックアブソーバーとなってじん性値を高める効果があるいう考え方と、反対に、残留オーステナイトは不安定な組織ですので、それが少ないほうがいいとされる考え方があります。ただし、前者も、一昔前までは、一般的には、10%以上が残留するのは好ましくないという付帯意見も見受けられました。

しかし、SKD11系統の材料を使用する場合は、59HRC程度以上の硬さが必要ですので、通常は低温焼戻しされて使用しますので、この結果にもあるように、普通の熱処理方法では、 焼入れ時点での残留オーステナイトを10%以下にすることはできないものも多いといえますので、ここでは、①高めの焼入れ温度を避ける ②高温焼戻しで使用できるかを検討する  ③油冷やサブゼロなどによって、残留オーステナイトに対処する・・・ということにとどめます。(残留オーステナイトについて、こちらも参考に)

焼入れ温度については、一般的に言って、焼入れ温度が高くなるとオーステナイト結晶粒が大きくなって、最終的なじん性値が低くなることがわかっています。 「焼入れ温度は高くしない」「焼入れ保持時間は必要以上に長くしない」「冷却速度を遅くしない」・・・などの熱処理における基本的な考え方はいずれの場合でも基本となります。


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機械的性質

カタログには、焼戻し温度に対する機械的性質について、引張特性、耐圧縮性、じん性、疲労強度、摩耗特性などが、また、物理的性質で、ヤング率、 熱膨張係数などの変化が示されていますが、一般的に言って、引張強さ、圧縮強さと硬さには相関がありますので、この両者は、力の加える向きを変えると同じ値と考えていいので、 焼戻し脆性などの特殊な問題点は別にして、多くの鋼種では、 硬さ換算表に掲載された近似値からそれをとらえるといいでしょう。

また、カタログにある疲労強度については、1000万サイクル時の疲労強度をみているようですが、これについては、じん性値の関係と同じように考えていいし、 ヤング率や熱膨張係数などの物理的な特性変化は、焼戻しに伴う組織的変化から来るのもので、熱処理のやり方の検討からは外れたものですので、これらの説明は割愛して、 ここでは、じん性に関する項目を説明します。

SLDのじん性例 SLDのシャルピー値変化

上左は5mm丸x50mm長さの試験片による抗折試験、上右は10Rシャルピー衝撃試験結果です。
ここでは、2回の焼戻し(※注)の結果、焼戻し温度が200-250℃程度では、安定な焼戻しマルテンサイトの状態がじん性面から良好であることが示されています。
約550℃以上でそれらが高くなっていますが、これは、硬さが低くなってしまので、注意する必要があります。高温に焼き戻すほうがいいということを示すものではありません。

抗折試験における「破断荷重xたわみ」を、日立金属の他の資料では、吸収エネルギーとして表現されているものもあります。
こちらも参照ください。


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半冷時間
SLDの半冷曲線

左図は日立金属独自の焼入れ性の評価方法で、「半冷曲線」とよばれています。
ここでは、焼入れ温度と室温の中間温度までを空冷し た場合に、丸棒の中心硬さと直径の関係などが示されています。他の資料には、油冷のものも公開されています。
図中、硬さの低下し始める半冷時間は20分程度ですので、下側の棒径に対応させると、空冷では70mm程度の棒径で中心までは充分な硬さが出るというように読み取れます。

これによって、たとえば、中心部の硬さが低下しているような太い品物の中心硬さを推定することもできますし、このような半冷曲線が、 熱間工具鋼など他鋼種についても作成されていますので、鋼種間の焼入れ性の違いも見ることができます。


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摩耗試験

摩耗試験例 
左は、大越式迅速摩耗試験機でのテスト結果です。摩耗試験・耐摩耗性については、こちらも参考に。


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熱処理変寸
熱処理変形例

ここでは、実際の圧延材から切り出したものを熱処理してその変寸率が示されています。
1方向の変寸率だけを見ると、小さい値のようですが、それでも、1mの0.1%は1mmですので、それが3次元的に寸法が変化すると、品物は大きく変形することになります。

これは、実測値の1例ですが、こちらに変寸について示していますが、 素材の状態を含めて、いろいろな要素が作用して、熱処理でコントロールできる領域は限られており、変寸・変形は非常に厄介なものです。

しかし、焼戻し温度での傾向は、このようになりますので、傾向をつかむには良いデータです。


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カタログの深読み

当社は、SLDとは、非常に長いお付き合いをさせていただいています。そして、日立金属からは、いろいろな技術資料もいただいていますし、 自社でも、 いろいろな試験をしています。しかし、その結果は、このカタログと同じにはならない場合が多々あります。これは、試験方法やデータのとり方などで簡単に数値が変わってしまったり、 成分範囲や鍛錬比などのその他の要因が多いためですが、これらの違いなどを、どのように考えて熱処理後の製品品質に生かすのか・・・が試験の目的ですので、そういう見方で、 当社が考える疑問点、問題点などを示します。もちろんこの内容も、普遍的ではありません。参考程度にしておいてください。

【各社の違い】店売り材をしばしば購入していますが、硬さの差や変寸量の違いがあります。熱処理をして、例えば、ピッチ誤差を一般寸法差で500mm±0.3に入れるのは、 設計的には当然なのですが、現実は、簡単なものではありません。私は、ピッチよりも熱処理品質のほうが大切と思うのですが、 多くの方は、「なぜ、できないの?」と不思議がられるのが現状ですが?

【焼入れ】当社では、このデータのような小さな品物は少なく、内部の硬さなどが重要な品物もあって、油冷をする場合が多いですが、SLDのMf点は常温付近にありますし、 焼割れ防止のために、焼入れ後に常温まで冷却せずに焼戻しするのが通例です。反対に、空冷の場合は、焼割れ懸念も少ないので、均一に常温付近まで冷却されている場合が多いようです。

このような状態では、当然、油冷したほうが残留オーステナイトが多い状態になっています。そして、変寸状態を見ても、低温焼戻しであっても、1回目と2回目では、 数値が変化しています。これは、残留オーステナイトの分解と安定化のためですが、これでも、同じ温度で焼き戻ししても、空冷より油冷のほうが低い硬さになっています。
こちら にも書いていますが、「SLDの低温焼戻しは1回でいい」と言われる方がいますが、私は、少なくとも2回の焼戻しが必要と考えますが、どうでしょうか?


【保持時間】「焼戻し時間は、長いほうがいい」「焼き戻し回数は、2回ではなく、3回のほうがいい」という要求を、営業担当が受けることがありました。カタログにも、 焼き戻し回数と衝撃値のデータがありますが、私自身、掲載意図がつかめません。均熱時間、焼戻しパラメータ、残留オーステナイトの挙動などの話を対等にできて、 相応の熱処理価格がいただければ問題ないのですが、営業が言われると、どうにもなりませんね。「熱は金」なのですが・・・。

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